「建設中の瀬戸大橋を映し出す、音の少ないフィラー映像」
それは、これから流れ込んでくる膨大な物語を前にした、束の間の静寂だったのかもしれない。
1985年。
当時の子供の娯楽は、日が暮れるまで、公園や空き地の広場で駆けずり回り、それこそゴムボールが一つあれば無限の遊びが約束された「子供の想像力」が爆発していたご時世でした。
ある意味「娯楽」がなければ自分でひねり出すことが求められる、高度な「想像力の鍛錬」の時代ではありましたが、「なければ作り出せばいい」という考え方が、まだまだ子供達の側にあった、幸せな時代だったのかもしれません。
さて、当時、わが岡山には、とある「もの」がありませんでした。
穏やかな瀬戸の海原には、四国と本州がつながる「夢の架橋」とまで称されていた「瀬戸大橋」が建造中であり、「燃えろ岡山県民運動」のスローガンが叫ばれ、大人たちは阪神タイガースの優勝街道を喧々諤々と戦わせていたご時世です。
「テレビ東京系」がなかったのです。
テレビせとうち、というチャンネルが新しくできるらしい——。
そんな降って湧いたような話が、まさに黒船襲来のように、わが倉敷を駆け巡り、UHF23チャンネルで映るであろう、「未知の遭遇」が待ち遠しかったのを今でも記憶しています。
当時の子供は無類のテレビっ子でもあります。
ランドセルを放り投げ、「UHF23チャンネル」を回してみると、そこには建設中の試験電波で流れていた「繋がっていない橋」と、穏やかなしまなみの原風景。
そして、ひたすら流れる「男女コーラス」。
それだけでも十分に期待が膨らんだものです。
「早く番組が始まらないかなぁ」
テレビ東京系、などというものの存在すら知らなかった当時、何の予備知識もなかった故の期待感の高まり。
そこに現れたのは——。
「♪ちょっとあれ見な、エースが通る~」
そう、あの伝説的サッカー漫画「キャプテン翼」のアニメが、試験放送中の中、お試し放送されたのです。
いわずと知れた、キャプテン翼は当時の子供の魂を理不尽に興奮させた、伝説的漫画です。
その漫画がアニメになっている!
「ボールは友達」
当時の子供たちは本気でそう信じていました。
さすがに登場キャラのように顔面ブロックはしませんでしたが、当時の子供は皆、実現不可能な「ドライブシュート」「タイガーショット」の真似くらいはザラにやっていましたね。
僕はサッカーというか、スポーツそのものが苦手だったので、その興奮は脳内でのみ妄想処理していましたが。
兎にも角にも、テレビせとうちの、この「粋な演出」は、否が応でも期待を高めることに寄与するに十分すぎるものがありました。
時は流れ、「テレビせとうち」は無事開局し、ゴールデンタイムに次々と私の好むアニメ番組を放映してくれました。
「アニメを見るならテレビせとうち」
そういい意味で誤解させるには十分な、とても大切なテレビ局。
それが「テレビせとうち」だったのです。




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