私の「格納庫(Hangar)」における登録番号002は、エディタの魔法を教えてくれたPC-8801MCでした。
しかし、物語を書けば書くほど、私はある「限界」に直面することになります。
それは、「印刷(アウトプット)手段がない」こと。
画面の中にある物語を、物理的な「本」として手に取ることができないもどかしさ。
そこで私が社会人1年目に自らの月賦で手に入れたのが、登録番号003、Panasonicのパーソナルワープロ「FW-U1J85」です。
1. 阻まれた「同人誌」への道
高校時代、PC-8801MCのエディタ機能を使って、私はファンタジー小説の設定資料や、物語の断片を書き溜めていました。
折しも、数少ない友人たちの間で「自分たちの手作り同人誌を作ろう!」という機運が高まっていました。
しかし、そこに立ちはだかったのは「ハードウェアの壁」でした。
友人の一人は、最強の8bit機「MSX turboR」と感熱プリンターを持っていました。
一方、私のPC-8801MCにはプリンターがありません。
当時のPC用プリンターといえば、けたたましい騒音を撒き散らす「ドットインパクトプリンター」が主流で、本体も維持費も高額すぎて手が出ませんでした。
「じゃあ、データだけ友人に渡して印刷してもらおう」
それも不可能でした。
PC-88(5インチ)とMSX(3.5インチ)ではメディアの互換性がなく、データを渡す手段がなかったのです。
途方に暮れていたある日、母が懇意にしていた家電店の方と話している場面に出くわしました。
私はたまらず、会話に割り込みました。
「ワープロが欲しい!」
2. 初めての「月賦」と、松下への信頼
当時、私は高校を卒業し、社会人になったばかりでした。
もはや「母に買ってもらう」年齢ではありません。
「支払いは自分でやります。月賦でお願いします」
そうして手に入れたのが、Panasonicの「FW-U1J85」でした。
なぜPanasonicだったのか?
それは、あのお店が信頼できる「松下のサテライトショップ」だったから。
そして何より、私の原点であるMSX「CF-3000(National製)」が証明してくれた、「松下の質実剛健な設計思想」への信頼があったからです。
バックライト付きの白い液晶画面は視認性が高く、長時間向かっていても疲れ知らず。
ずっしりとした重厚な作りは、私の創作意欲をしっかりと受け止めてくれる「頼れる相棒」の証でした。
3. 感熱紙に刻まれた「中二病」の系譜
念願の「印刷機能」を手に入れた私は、水を得た魚のように書きまくりました。
書いていたのは、もっぱら「空想ファンタジー」と「バトル物」。
当時傾倒していた『ファイブスター物語(FSS)』のような重厚な神話的設定。
あるいは、『キン肉マン』や格闘ゲームのエッセンスをふんだんに盛り込んだ、異種格闘技戦。
今で言う「中二病」全開の世界観ですが、当時の私にとっては真剣そのものでした。
そして、プリントアウトの瞬間。
「ジー、ジー」という控えめな音と共に吐き出される、A4サイズの感熱紙。
そこに印字された文字を見て、私は感動しました。
PCのギザギザしたドット文字とは違う、滑らかで美しい明朝体(今で言うTrueTypeフォントに近い品質)。
「これが、自分の書いた文章……!」
ただのデータが、物理的な実体を持った瞬間でした。
4.「作家」あずきとそらの原点
ネットもゲームもない、ただ「書くこと」と「印刷すること」しかできない箱。
しかし、だからこそFW-U1J85は、私にとって最高の「創作シェルター」でした。
社会人としての慣れない仕事に疲れ果てた夜も、このマシンの電源を入れれば、私は創造主になれました。
PC-8801MCで目覚めた「編集者(Editor)」としての魂が、このワープロによって「作家(Writer)」としての形を得たのです。
私の机の上には、いつも松下のマシンがありました。
CF-3000からFW-U1J85へ。
その系譜は、今の私が使う道具選びにも、脈々と受け継がれています。



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