23時の鐘と、Netscapeの海。——格納庫No.004:Macintosh Performa 6410 と「テレホタイム」の夜

格納庫

私の「格納庫(Hangar)」における登録番号003は、創作の翼を与えてくれたワープロ(FW-U1J85)でした。

しかし、時代は急速に「パソコン」へと回帰していました。

世間はWindows 95の発売に沸き立ち、誰もが「インターネット」という未知の言葉を口にし始めていました。

そんな中、私が次なる相棒として選んだのは、Windows機ではありませんでした。

登録番号004、Apple「Macintosh Performa 6410」です。

1.『特選街』が導いた答え

なぜ、Win95全盛期にMacだったのか?

その答えは、当時私が愛読していたモノ批評誌『特選街』にあります。
この雑誌は、製品を徹底的にテストし、辛口で評価することで知られていました。
安易な流行に流されず、「本当に長く使える良いモノは何か?」を問い続けるその姿勢に、私は強く影響を受けました。

様々なPCが比較される中、私の目に留まったのがMacintoshでした。

「ハードとソフトが一体となった美しい設計」「直感的な操作性」

『特選街』の記事は、私のガジェット選びの基準である「美学と信頼性」を激しく刺激しました。

さらに、私は『Mac Fanビギナーズ』という雑誌も読み漁りました。

まだ実機を持っていないにも関わらず、誌面に掲載された美しいアイコンやウィンドウの写真を見て、私の脳内ではすでにMac OS(当時は漢字talk7.5)が起動していました。

「ゴミ箱を空にする音」「フォルダを開く挙動」。

購入する頃には、私の脳内デスクトップと、現実の操作感は完全にリンクしていたのです。

2. 白い流線型のボディと、GUIの快感

そして我が家にやってきた、Performa 6410。

PC-8801MCの「白亜の館(角張ったデザイン)」とは対照的な、丸みを帯びた有機的な白いデザイン。
(※Performa 6410は、前面が緩やかにカーブした独特のデザインが特徴でした)

電源を入れると、「ジャーン」という起動音と共に、あのお馴染みの「Happy Mac」が微笑みかけてきます。

MSXやPC-88時代の「コマンド入力(CUI)」から、マウスでアイコンを掴んで動かす「グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)」への転換。

それは、デジタル空間が「文字の羅列」から「手触りのある空間」へと進化した瞬間でした。

3. 初めての「開腹手術」と、自作への萌芽

しかし、いざインターネットに繋ごうとした時、私はある事実に直面しました。

このモデルには、「内蔵モデム」が搭載されていなかったのです(あるいは、より高速な環境を求めていたのかもしれません)。

「なければ、足せばいい」

私はおもむろにPerformaの背面パネルに手をかけ、その白い筐体を「開封」しました。

露わになる緑色のマザーボード。
整然と並ぶチップ。

私はそこに、購入してきた「モデムカード」を増設(インストール)しました。

「カチッ」

拡張スロットにカードがハマる感触。

恐る恐る電源を入れ、システムが新しいハードウェアを認識した時の安堵感。
それは、単にインターネットをするための準備作業ではありませんでした。

メーカー製の完成品であっても、自分の手で中身を触り、機能を拡張できる。
この時の「ハードウェアを物理的にカスタマイズする快感」こそが、後の私の「自作PC(Celeron 300A、Millennium G200)」への道を開く、重要なノウハウの原点となったのです。

電話線を繋ぎ、アクセスポイントにダイヤルアップする。

「ピー、ヒョロロロ……ガー……」

あの独特の接続音(ハンドシェイク音)は、世界への扉が開くファンファーレでした。

ブラウザは、もちろん「Netscape Navigator」

船の操舵輪を模したアイコンをクリックすると、そこに世界が広がりました。

当時はGoogleAmazonもありません。
検索エンジンといえば「Yahoo! JAPAN」のカテゴリ検索か、「goo」

検索窓に言葉を打ち込むだけで、世界の裏側の情報に触れられる。それは魔法でした。

4.「テレホタイム」と家族との攻防

しかし、当時のインターネットには「通信費」という高い壁がありました。

そこで我々ネット民が待ちわびたのが、NTTの深夜定額サービス「テレホーダイ」です。

23:00 〜 翌8:00。

この時間帯だけが、時間を気にせずネットの海に潜れる「ゴールデンタイム」でした。
23時になった瞬間、全国のネット民が一斉に接続を開始し、回線は激重になります。

それでも私たちは、Netscapeの「N」のマークが星空のように流れるのをじっと見つめ続けました。

そして、もう一つの敵は意外にも「家族」でした。

インターネット中は電話回線が塞がってしまいます。
キャッチホンが入ったり、家族が知らずに受話器を取ったりすれば、その瞬間に接続は切断されてしまいます。

「お母さん! 今電話が鳴ったけど、インターネットだからね! 受話器取らないで!」

自室から別室の母へ、そんな叫び声をあげる夜もありました。

今では信じられないことですが、当時の私たちは、物理的な生活空間とデジタル空間の狭間で、必死に回線を死守していたのです。

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