どうでもいい感じの日記:2026.1.23

休憩室

「選挙に物語(ナラティブ)は不要である」

皆さん、そう思いませんか?

どこの党とどこの党がくっついただの、
どこどこの党の選挙協力だの、反目しているだの、支援団体だの、
反日だの親中だの、過半数だの絶対多数だの、
日本に優しいだの厳しいだの、

もう、選挙にそういう「色」、勝手につけないでくれる?
と、思いませんか。

もちろん、この衆院選の新しい勢力図如何で、私たち国民の生活、もっとぶっちゃけると、税金だの手取りだのというおカネ絡みの動きが全く以て変わってしまうので、真剣に貴重な一票を投じなければなりません。

投票する対象が決められない、或いは、選択する余地すらない場合が多いと思います。

その選挙区から必ず、毎回出てくる候補者が何年も固定しているという、最悪極まりないパターンもあるでしょう。
現に私の住むところの選挙区も、必ずいけしゃあしゃあと出てくる候補者がいます。
世の中が65歳定年だの、70歳定年だのいわれてるごじせいに、いけしゃあしゃあと70越えのロートルが相も変わらず出ている選挙区もあるでしょう。

でも、投票しないと、変わるものも変わらない。

それって、ある意味、強要に近いと思うんです。
投票する権利を阻害する、強要行為、とでも言いましょうか。

あと、うちはそもそもテレビもラジオもないのですが、こういう時期は政治系の動画が雨後の筍のように、どこかで似たような見たようなフレーズを垂れ流してくる。

エコーチェンバー、っていうんでしょうが、一度でも政治系を見てしまうと、高評価なんか入れてしまうと、いつもの風景が、あっという間に政治系で汚染されてしまう。

マスゴミガー、とかオールドメディアガー、とか言われ放題のマスメディア界隈も「自分都合の物語」を私たちに押し付けてくる。

判断材料が欲しいだけなのに、ね。
投票が権利ではなく、誰かに命じられたり、唆されたりするような義務に変わってしまうのであれば。

そんな権利は、要らないな、僕は。

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