この記事の要点
日銀とFRBの判断の違いは、単なる金利差ではなく、経済思想の違いとして読むことができます。
本稿では、ニューケインジアン的な政策運営と、マネタリズム的な物価信認重視の考え方を、講義形式でなるべく平易に整理します。
この記事で扱うこと
- ケインズ派・ニューケインジアン・マネタリズムの違い
- 日銀とFRBの政策判断の背景
- 金利政策を思想の違いとして読む視点
※読了目安:約7〜10分。
お急ぎの方は、冒頭の「この記事の要点」と各章見出しだけでも、全体の流れを追えます。

ホルムズ・ショック・アフター
2026年6月21日現在、アメリカおよびイスラエルとの軍事衝突により長らく緊張が続いていたイランですが、米・イラン両国が戦闘終結を定めた覚書に署名し、現在は60日間の技術的協議の期間に入っています。
これを受けてホルムズ海峡の通航も再開に向かっており、市場には落ち着きが見られています。
ただし、今後の最終合意に向けた当事国間の交渉やイスラエルの動向など、依然として予断を許さない側面もあります。
一方、イスラエルとレバノンの間では新たな停戦で合意がなされたものの、その発効後もイスラエル軍によるレバノン南部への空爆が報告されるなど、依然として情勢は緊迫しています。
このイスラエルによるレバノン攻撃を受け、予定されていたアメリカとイランの協議が延期されるなど、中東全体の外交交渉にも影響が及んでいます。
このような中東情勢の中、日本を取り巻く経済情勢は、柔軟性を欠いているという印象を拭い去れません。
中東情勢の緊迫化による日本経済への影響は、エネルギー・物流のコスト急増を通じて「9割以上の企業が経営にマイナス影響を受ける」極めて深刻なレベルです。
日本は原油輸入の95%以上を中東地域に依存しており、その大半がホルムズ海峡を通過します。
米国とイランの先制攻撃やホルムズ海峡の封鎖といった地政学リスクにより、経済構造の脆さが直撃しています。
1. コストプッシュ型インフレの再燃と利益圧迫
- 原油価格の急騰: WTI原油やブレント原油が一時100ドルを突破。日本が主に依存するドバイ原油は一時1バレル=153ドルまで跳ね上がりました。
- 企業経営への直撃: 商工会議所の調査では94.8%の中小企業が経営に影響を報告。仕入価格や燃料費の高騰に加え、全体の「約5割」が価格転嫁できないまま収益を圧迫されています。
- 家計への時間差の打撃: 停戦合意に向けた動きで足元の原油価格は下落傾向に転じたものの、料金への反映にはタイムラグがあります。秋以降に電気料金やガス料金の上昇となって本格化し、実質賃金の低下と消費鈍化を招くリスクが指摘されています。
2. サプライチェーンの「目詰まり」と生産下押し
- 物流ルートの迂回と遅延: 中東周辺の海路回避やホルムズ海峡の制限により、海上運賃や航空サーチャージが急騰。
- ナフサ・化学品の不足: 製造業の約6割で国内生産に悪影響が出ており、特にプラスチックなどの基礎原料であるナフサ(粗製ガソリン)の供給不足が川下産業の操業度を押し下げています。医薬品の原材料調達の遅れなど、幅広い業界に「供給の目詰まり」が生じています。
3. マクロ経済・株式市場の「下振れシナリオ」
- 企業業績(EPS)の増益率鈍化: 当初は13%強と見込まれていた上場企業の1株当たり利益(EPS)成長率予測ですが、ドバイ原油の高騰を受けて増益率が5%程度へ押し下げられる試算も出ています。
- GDP成長率の抑制: シンクタンクの試算では、原油高が長期化(100ドル水準が半年以上継続)した場合、日本の実質GDPを年0.3%〜0.5%下押しし、回復基調にあった景気がゼロ成長に転落するリスクが浮き彫りになりました。
中央銀行を背負う二人――植田和男氏とケビン・ウォーシュ氏
この度、日本銀行が政策金利を1%に引き上げたこと、そして米連邦準備制度理事会(FRB)のケビン・ウォーシュ新議長が4会合連続で政策金利を据え置いたことは、日米の金融政策の方向性が完全に交錯したことを意味します。
背景には上述の中東情勢の緊迫化による原油高(供給ショックインフレ)があり、両中銀の決定は国内外の経済・暮らしに大きな変化をもたらします。
日銀の植田和男総裁は「ニューケインジアン(新ケインズ派)」の立場、一方、ケビン・ウォーシュFRB議長はマネタリズムの立場を取っていると言われます。
両中銀の決定の背景には、ニューケインジアン的な政策運営と、マネタリズム的な物価信認重視という、二つの経済思想が横たわっています。
今回は、この二つの考え方について、わが「思考の森Project」のソフィア・ウェーバーを講師に招き、私あずきとそらとともに、講義形式で一緒に学んでみましょう。

- ケインズ派あるいはニューケインズ派とマネタリズム
- 1. まずケインズ派とは何か
- 2. ケインズ派の基本発想
- 3. ケインズ派が重視するもの
- 4. ニューケインズ派とは何か
- 5. ニューケインズ派の特徴
- 6. ニューケインズ派の政策観
- 7. マネタリズムとは何か
- 8. マネタリズムの基本発想
- 9. マネタリズムが重視するもの
- 10. ケインズ派とマネタリズムの最大の違い
- 11.「財政政策」への見方の違い
- 12. 「金融政策」への見方の違い
- 13. インフレ観の違い
- 14. 失業観の違い
- 15. フィリップス曲線をめぐる対立
- 16. 古いケインズ派、ニューケインズ派、マネタリズムの関係
- 17. 両者は完全な敵同士ではない
- 18. 具体例で見るとわかりやすい
- 19. それぞれの強みと弱み
- 20. 結論:対立軸は「需要」か「貨幣」か
ケインズ派あるいはニューケインズ派とマネタリズム
1. まずケインズ派とは何か
ケインズ派の出発点は、ジョン・メイナード・ケインズの考え方です。
古典派経済学では、ざっくり言えば、
市場は価格や賃金の調整によって自然に均衡へ戻る
失業があっても賃金が下がれば雇用は回復する
と考えます。
しかしケインズは、1930年代の大恐慌を見て、こう考えました。
現実の経済では、賃金や価格はすぐには下がらない。
企業も家計も将来不安で支出を控える。
その結果、需要不足が続き、大量失業が長引くことがある。
ここがケインズ派の核心です。
つまり、ケインズ派にとって景気後退とは、単なる「市場の一時的なズレ」ではなく、社会全体の支出不足によって経済が低い水準に落ち込む現象です。
2. ケインズ派の基本発想
ケインズ派は、短期のGDPを主に総需要で説明します。
総需要は、よく次の形で表されます。
式で表すと、Y = C + I + G + NX です。
これは「GDPは、消費・投資・政府支出・純輸出の合計で決まる」という意味です。
つまり、
| 記号 | 内容 |
|---|---|
| Y | GDP、国民所得 |
| C | 消費 |
| I | 投資 |
| G | 政府支出 |
| NX | 純輸出 |
です。
景気が悪いとき、家計は消費を控えます。
企業は投資を控えます。
すると売上が減り、雇用が減り、さらに所得が減り、また消費が減る。
これが需要不足の悪循環です。
ケインズ派は、ここで政府が支出を増やしたり、減税したり、中央銀行が金利を下げたりして、需要を支えるべきだと考えます。
要するに、
民間が怖がって財布を閉じているなら、政府が一時的に財布を開けて経済の底抜けを防ぐべきだ
という発想です。
3. ケインズ派が重視するもの
ケインズ派が重視するのは、主に次の点です。
| 論点 | ケインズ派の見方 |
|---|---|
| 景気後退の原因 | 需要不足 |
| 失業 | 非自発的失業が起こりうる |
| 価格・賃金 | 短期的には硬直的 |
| 政府の役割 | 景気安定化のために積極的に介入すべき |
| 財政政策 | 有効。特に不況時に重要 |
| 金融政策 | 有効だが、限界もある |
| 市場観 | 放置すれば長期停滞することがある |
ここで大事なのは、ケインズ派は「市場が全部ダメ」と言っているわけではありません。
ただし、市場には自己回復力があるとしても、それが遅すぎることがあると考えるのです。
ケインズの有名な皮肉に、
長期的には我々は皆死んでいる
という言葉があります。
これは、「いつか市場が回復する」と言われても、失業者や倒産寸前の企業にとっては遅すぎる、という意味です。
なかなか辛辣です。
経済学界の毒舌枠ですね。
4. ニューケインズ派とは何か
次に、ニューケインズ派です。
ニューケインズ派、またはニューケインジアンは、古いケインズ派の考えをそのまま受け継いだだけではありません。
ざっくり言えば、
ケインズ派の「価格や賃金は硬直的だから、景気後退が長引く」という考えを、より厳密な理論で説明し直した立場
です。
特に1970年代以降、ケインズ派は大きな批判を受けました。
その理由がスタグフレーションです。
スタグフレーションとは、
景気が悪いのにインフレも起きる状態です。
古いケインズ派の単純な理解では、
景気が悪いとインフレは弱まる
景気が良いとインフレは強まる
と考えがちでした。
ところが1970年代には、石油危機などもあり、不況とインフレが同時に起こった。
これで古いケインズ派は「説明力が弱い」と批判されます。
そこで登場したのがニューケインズ派です。
5. ニューケインズ派の特徴
ニューケインズ派は、次のような要素を取り込みました。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 合理的期待 | 人々は政策や将来を見越して行動する |
| ミクロ的基礎 | 家計や企業の行動からマクロ経済を説明する |
| 価格硬直性 | 企業は価格を頻繁には変えられない |
| 賃金硬直性 | 労働契約や慣行により賃金はすぐ調整されない |
| 不完全競争 | 企業は完全競争ではなく、ある程度価格決定力を持つ |
| 中央銀行の役割 | 金利政策と期待管理が重要 |
つまりニューケインズ派は、古いケインズ派よりかなり精密です。
「政府が金を出せば解決」という単純な話ではなく、
価格がなぜ硬直するのか
人々の期待がどう変わるのか
中央銀行の信認がどう物価に影響するのか
金利が消費・投資にどう効くのか
を理論的に組み立てます。
現在の主流派マクロ経済学には、このニューケインズ派の要素がかなり入っています。
6. ニューケインズ派の政策観
ニューケインズ派は、ケインズ派のように政府介入を認めますが、昔よりもかなり慎重です。
特に重視するのは、中央銀行による金融政策です。
たとえば、
景気が悪い
→ 中央銀行が金利を下げる
→ 借入がしやすくなる
→ 投資や消費が増える
→ 景気が回復する
という流れです。
ただし、金利がすでにゼロ近くまで下がっていると、金融政策だけでは限界があります。
この状態を流動性の罠に近い状況として見ます。
その場合、財政政策、つまり政府支出や減税が重要になると考えます。
ニューケインズ派は、こう見るわけです。
通常時は中央銀行の金利政策が主役。
しかし深刻な不況やゼロ金利下では、財政政策も必要。
古典的ケインズ派よりも、金融政策・期待・ルールを重視する点が現代的です。
7. マネタリズムとは何か
マネタリズムの代表者はミルトン・フリードマンです。
マネタリズムの核心は、非常に強い言い方をすれば、
インフレは貨幣的現象である
という考えです。
つまり、物価が持続的に上がる最大の原因は、経済全体に出回る貨幣量が過剰に増えることだ、という立場です。
マネタリズムは、貨幣数量説を重視します。
有名な式は、
式で表すと、MV = PY です。
これは「貨幣量と貨幣の回転速度が、物価水準と産出量に対応する」という関係を表します。
| 記号 | 内容 |
|---|---|
| M | 貨幣量 |
| V | 貨幣の流通速度 |
| P | 物価水準 |
| Y | 実質GDP |
かなり大ざっぱに言うと、貨幣量 M が増えすぎると、物価 P が上がりやすい、という考えです。
マネタリストは、政府や中央銀行が景気を細かく操作しようとすると、かえって経済を不安定にすると考えます。
8. マネタリズムの基本発想
マネタリズムは、ケインズ派よりも市場の自己調整能力を信頼します。
マネタリストの見方はこうです。
景気の波はある。
しかし政府がそのたびに財政政策で介入すると、政策の効果が出るころには状況が変わっている。
すると景気を安定させるどころか、逆に不安定にする。
これを政策ラグの問題と言います。
政策には時間差があります。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 認知ラグ | 景気悪化に気づくまでの遅れ |
| 決定ラグ | 政策を決めるまでの遅れ |
| 実施ラグ | 実際にお金が使われるまでの遅れ |
| 効果ラグ | 経済に効くまでの遅れ |
マネタリストから見ると、政府の裁量的な景気対策は、ハンドルを切るのが遅すぎる車の運転みたいなものです。
カーブを曲がり終えた後に「今だ!」とハンドルを切る。
結果、田んぼに突っ込む。経済政策版・初心者ドライバーです。
9. マネタリズムが重視するもの
| 論点 | マネタリズムの見方 |
|---|---|
| 景気変動の原因 | 貨幣供給の乱れが大きい |
| インフレ | 貨幣量の過剰増加が主因 |
| 失業 | 長期的には自然失業率に戻る |
| 財政政策 | 効果は限定的、または不安定 |
| 金融政策 | 重要。ただし裁量ではなくルール重視 |
| 政府介入 | やりすぎると経済を不安定化させる |
| 市場観 | 長期的には自己調整力がある |
マネタリズムは、特に中央銀行に対して、
景気を細かく操作しようとするな。
貨幣供給を安定的に増やせ。
予測可能なルールに従え。
と主張します。
フリードマンは、貨幣供給量を一定率で増やすべきだという考えを示しました。
これをしばしばk%ルールと呼びます。
10. ケインズ派とマネタリズムの最大の違い
一番の違いは、不況の原因をどこに見るかです。
| 論点 | ケインズ派/ニューケインズ派 | マネタリズム |
|---|---|---|
| 不況の主因 | 総需要不足 | 貨幣供給・金融政策の失敗 |
| 市場の調整 | 遅い。不完全 | 比較的信頼できる |
| 失業 | 需要不足で長引く | 長期的には自然失業率へ戻る |
| 政府支出 | 不況時には有効 | 効果は不安定・限定的 |
| 金融政策 | 重要。特にニューケインズ派で重視 | 最重要 |
| インフレ | 需要、期待、供給ショック、金融政策が絡む | 基本的には貨幣的現象 |
| 政策スタイル | 状況に応じた介入を認める | ルールに基づく安定運営を重視 |
ものすごく短く言えば、
ケインズ派:需要が足りないなら政府・中央銀行が支えろ
マネタリズム:貨幣管理を間違えるな。政府の出しゃばりは危ない
です。
11.「財政政策」への見方の違い
ここは非常に重要です。
ケインズ派
ケインズ派は、不況時の財政政策を重視します。
たとえば、政府が公共投資を増やす。
すると建設会社に仕事が入る。
労働者に賃金が払われる。
その労働者が消費する。
別の店の売上が増える。
さらに雇用が増える。
この連鎖を乗数効果と呼びます。
ケインズ派は、不況時にはこの乗数効果が大きくなりやすいと考えます。
マネタリズム
一方、マネタリストは財政政策に懐疑的です。
理由はいくつかあります。
政府支出を増やすには、税金を増やすか、国債を発行する必要がある。
国債発行が増えると金利が上がり、民間投資を押しのける可能性がある。
これをクラウディングアウトと言います。
また、政策の実施が遅れると、景気が回復した後に財政出動が効いてしまい、インフレを招く可能性もある。
つまりマネタリストから見ると、財政政策は「効かない」とまでは言わないにしても、タイミングが難しく、政治的にも歪みやすい危険な道具なのです。
12. 「金融政策」への見方の違い
ここは少しややこしいですが、重要です。
古いケインズ派
古いケインズ派は、財政政策をかなり重視しました。
金融政策も認めますが、深刻な不況では金利を下げても企業が投資しないことがあると考えました。
つまり、
馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない
という感覚です。
金利を下げても、将来不安が強ければ企業は借りません。
ニューケインズ派
ニューケインズ派は、金融政策を非常に重視します。
中央銀行が金利を操作し、人々の期待に働きかけることで、景気や物価を安定させると考えます。
ただし、ゼロ金利や深刻な不況では、財政政策も必要になります。
マネタリズム
マネタリズムも金融政策を重視します。
ただしニューケインズ派と違うのは、裁量的に金利を細かく動かすより、貨幣供給を安定させるルールを重視する点です。
ニューケインズ派は、中央銀行を「高度な操縦士」として見ます。
マネタリズムは、中央銀行を「余計な操縦をすると墜落させる存在」として警戒します。
なかなか辛辣な航空管制です。
13. インフレ観の違い
ここも大きな対立点です。
ケインズ派/ニューケインズ派
ケインズ派は、インフレを複合的に見ます。
インフレには、
- 需要が強すぎることによるインフレ
- 原油価格など供給側のショックによるインフレ
- 賃金と物価の上昇スパイラル
- 人々のインフレ期待
- 為替変動
- 金融政策
などが関係すると考えます。
ニューケインズ派では特に、期待インフレ率が重要です。
人々が「今後も物価が上がる」と予想すると、企業は価格を上げやすくなり、労働者も賃上げを求めます。
その結果、本当にインフレが持続しやすくなる。
つまり、インフレは単なる貨幣量だけでなく、期待と価格設定行動の問題でもあると見ます。
マネタリズム
マネタリズムは、より単刀直入です。
持続的なインフレは、貨幣供給の増えすぎによって起こる
と考えます。
もちろん一時的な物価上昇、たとえば原油価格の高騰などは認めます。
しかし、物価全体が長く上がり続けるには、最終的に貨幣供給の裏づけが必要だと考えるわけです。
この点で、マネタリズムはインフレに対して非常に強い警戒心を持ちます。
14. 失業観の違い
ケインズ派とマネタリズムでは、失業の見方も違います。
ケインズ派
ケインズ派は、非自発的失業を重視します。
つまり、
働きたい人がいる
企業も本来なら雇える
しかし需要不足で売上が見込めないため、雇用が生まれない
という状態です。
この場合、賃金を下げれば解決するとは限りません。
なぜなら、賃金を下げると家計所得が減り、消費が減り、さらに需要不足が悪化する可能性があるからです。
マネタリズム
マネタリズムは、長期的には失業率は自然失業率に戻ると考えます。
自然失業率とは、摩擦的失業や構造的失業などを含む、経済に自然に存在する失業率です。
マネタリストは、政府が無理に失業率を自然失業率以下に下げようとすると、結局はインフレだけが加速すると考えます。
これは、フリードマンの自然失業率仮説1と関係します。
15. フィリップス曲線をめぐる対立
昔のケインズ派は、失業率とインフレ率の間に安定したトレードオフがあると考えがちでした。
つまり、
失業を減らしたければ、ある程度のインフレを受け入れる
インフレを抑えたければ、ある程度の失業を受け入れる
という考えです。
これがフィリップス曲線2です。
しかしマネタリストはこれを批判しました。
フリードマンは、
短期的には失業とインフレのトレードオフがあるように見える。
しかし長期的には人々がインフレを予想に織り込むため、その関係は崩れる。
と考えました。
たとえば政府が景気刺激で失業を下げようとする。
最初はうまくいくかもしれない。
しかし人々がインフレに気づくと、賃金要求や価格設定が変わる。
その結果、失業率は元に戻り、インフレだけが高く残る。
1970年代のスタグフレーションは、このマネタリストの批判に説得力を与えました。
その後、ニューケインズ派はこの批判を取り込み、期待を組み込んだフィリップス曲線を使うようになります。
16. 古いケインズ派、ニューケインズ派、マネタリズムの関係
ここを整理すると、かなり見通しがよくなります。
| 立場 | 特徴 |
|---|---|
| 古いケインズ派 | 需要不足、財政政策、乗数効果を重視 |
| マネタリズム | 貨幣供給、インフレ、政策ルールを重視 |
| ニューケインズ派 | ケインズ派の需要不足論に、期待・価格硬直性・金融政策理論を組み込む |
つまりニューケインズ派は、古いケインズ派がマネタリズムや新古典派3から受けた批判を吸収し、改造された姿です。
言い換えるなら、
古いケインズ派:政府が需要を支えよ
マネタリズム:貨幣を乱すな、裁量政策を信用するな
ニューケインズ派:市場は不完全で価格も硬直的。ただし期待と金融政策の信認が重要
です。
ニューケインズ派は、ケインズ派の血を引きながら、マネタリズムからもかなり学んでいます。
17. 両者は完全な敵同士ではない
ここが大事です。
ケインズ派とマネタリズムは対立しますが、完全に水と油ではありません。
実際、現代のマクロ経済学では、両方の要素が混ざっています。
たとえば、
- 不況時に需要不足が起きる
- 価格や賃金は短期的に硬直する
- 中央銀行の金融政策は重要
- インフレ期待の管理は重要
- 長期的にはインフレと貨幣・金融政策は深く関係する
- 財政政策は状況によって有効にも危険にもなる
といった点は、かなり広く共有されています。
現代の主流派は、単純な「ケインズ派 vs マネタリズム」というより、
短期はケインズ的
長期はマネタリスト・新古典派的
政策運営はニューケインズ派的
という折衷に近い部分があります。
18. 具体例で見るとわかりやすい
不況時
企業が投資をやめ、家計が消費を控え、失業が増えている。
ケインズ派はこう言います。
需要不足だ。政府支出や減税で支えろ。中央銀行も金利を下げろ。
ニューケインズ派はこう言います。
金利政策と期待管理が重要だ。ただしゼロ金利なら財政政策も必要だ。
マネタリストはこう言います。
貨幣供給を収縮させるな。中央銀行が金融を引き締めすぎると不況を悪化させる。ただし政府の場当たり的財政出動には注意しろ。
インフレ時
物価がどんどん上がっている。
ケインズ派はこう見ます。
需要過熱、供給制約、賃金・物価スパイラル、期待インフレを確認する必要がある。
ニューケインズ派はこう見ます。
中央銀行が信認を保ち、期待インフレを抑える必要がある。必要なら金利を上げる。
マネタリストはこう見ます。
貨幣供給が過剰だ。金融政策が緩すぎる。インフレ抑制を最優先せよ。
19. それぞれの強みと弱み
ケインズ派の強み
ケインズ派の強みは、深刻な不況や大量失業を説明しやすいことです。
現実には、価格も賃金もすぐには調整されません。
企業や家計の心理も大きく影響します。
「放っておけば自然に戻る」と言われても、その間に生活が壊れる人が出ます。
この現実感がケインズ派の強みです。
ケインズ派の弱み
一方で、政府介入を重視しすぎると、
- 財政赤字の拡大
- 非効率な公共事業
- 政治的ばらまき
- インフレ
- 民間活力の低下
を招く可能性があります。
「不況対策」の名目で、単なる利権の水まきになる危険もあります。
このあたりは、まさに行政の書類棚の奥からカビ臭く出てくるやつです。
マネタリズムの強み
マネタリズムの強みは、インフレへの説明力と警戒心です。
特に、政府や中央銀行が景気刺激をやりすぎると、インフレを招くという指摘は重要です。
また、政策担当者が万能ではないことを強く意識しています。
「政府は賢く経済を操縦できる」という楽観に冷や水を浴びせる点で、非常に現実的です。
マネタリズムの弱み
一方で、貨幣量だけを見すぎると、現実の複雑な不況を説明しきれない場合があります。
貨幣の流通速度は一定ではありません。
金融不安が強いと、いくらお金を供給しても人々が使わないことがあります。
銀行が貸さず、企業が借りず、家計が消費しなければ、貨幣供給だけでは景気は戻りません。
この点では、ケインズ派の「需要不足」や「期待不安」の視点が必要になります。
20. 結論:対立軸は「需要」か「貨幣」か
最後に、かなり圧縮して整理します。
| 項目 | ケインズ派 | ニューケインズ派 | マネタリズム |
|---|---|---|---|
| 中心人物 | ケインズ | マンキュー、ローマー、ウッドフォードなど | フリードマン |
| 主な関心 | 需要不足と失業 | 価格硬直性、期待、金融政策 | 貨幣供給とインフレ |
| 市場観 | 放置では不況が長引く | 市場は不完全で調整に時間がかかる | 市場には自己調整力がある |
| 政府支出 | 積極的に活用 | 状況次第で活用 | 懐疑的 |
| 金融政策 | 有効だが限界あり | 非常に重要 | 最重要 |
| インフレ観 | 需要・供給・期待の複合要因 | 期待と中央銀行の信認が重要 | 貨幣供給が核心 |
| 政策姿勢 | 裁量的介入を認める | ルールと裁量の組み合わせ | ルール重視、裁量に懐疑的 |
一言でまとめるなら、
ケインズ派は「需要が足りなければ経済は沈む」と考える。
ニューケインズ派はそれを現代的に再構築し、価格硬直性・期待・金融政策を重視する。
マネタリズムは「貨幣管理を誤れば、景気も物価も乱れる」と考え、政府の裁量介入を警戒する。
この三者の関係は、単なる敵対ではありません。
むしろ現代の経済政策は、ケインズの「需要を見る目」と、マネタリズムの「インフレと貨幣への警戒」、そしてニューケインズ派の「期待と金融政策の精密な理論」を組み合わせて動いています。
要するに、経済という巨大な森を歩くには、ケインズ派のランタンも、マネタリズムの方位磁針も、ニューケインズ派の地図も必要です。
どれか一つだけ握りしめると、だいたい藪に突っ込みます。
- 自然失業率仮説(Natural Rate of Unemployment Hypothesis)は、長期的にはインフレ率と失業率の間にトレードオフは存在せず、経済は常に「自然失業率」という一定の失業水準に回帰するという経済学の理論です。 ↩︎
- フィリップス曲線とは、横軸に「失業率」、縦軸に「物価上昇率(または賃金上昇率)」をとり、両者の関係を示した経済学のグラフです。失業率が低下すると物価上昇率が上がり、逆に失業率が上昇すると物価上昇率が下がるという「トレードオフ」の関係を表しています。 ↩︎
- 新古典派経済学(Neoclassical Economics)は、19世紀後半の「限界革命」以降に成立した経済学の主要な一派です。市場における需要と供給のバランスや、個人の合理的な選択(効用最大化)を通じて資源が最も効率的に配分されるプロセスを数学的に解明することを目指します。 ↩︎
次回の講義は、この思想を酌む二人の中央銀行指導者、植田和男日銀総裁と、FRB新議長ケビン・ウォーシュ氏が、なにを目指しているのかを深掘りしていきましょう。



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