序章――空を飛ぶ拳を見た日
とばせ、鉄拳、ロケットパンチ!
いまだ、出すんだ、ブレストファイヤー!
――ご存じ、スーパーロボットという言葉をこの世に定着させた金字塔、『マジンガーZ』。
その代名詞ともいうべき必殺武器が、ロケットパンチである。
文字どおり、鉄の拳が腕から離れ、敵へ向かって飛んでいく。
冷静に考えれば、それ以上でもそれ以下でもない、実に身も蓋もない兵器である。
しかし、その威力たるや、敵の機械獣に与える損傷よりもはるかに大きく、いち視聴者であった僕の心を鷲づかみにするには十分すぎるものだった。
拳が飛ぶ。
ただそれだけのことが、なぜあれほど衝撃的だったのだろう。
おそらく、ロケットパンチは単なる飛び道具ではなかったからだ。
マジンガーZは、手に武器を持つのではない。
自らの身体そのものを武器として射出する。
人間が怒りや決意を込めて拳を突き出す、その最も原始的で身体的な動作を、巨大ロボット兵器のスケールへと拡張したのである。
兜甲児が叫ぶ。
「ロケットパーンチ!」
その瞬間、画面の前にいた子どももまた、同じように拳を前へ突き出した。
テレビの中にしか存在しないはずの巨大ロボットと、見ている子どもの身体が、必殺技の掛け声によって一瞬だけ接続される。
ロケットパンチとは、敵を倒すための兵器であると同時に、視聴者をマジンガーZの操縦者へと変える装置でもあったのだ。

あまりにも有名であるがゆえに、今日ではその革新性を改めて意識する機会は少ない。
しかし『マジンガーZ』は、後に無数の作品へ受け継がれていく「スーパーロボット」という表現の文法を、次々と生み出した作品である。
その誕生にまつわる逸話として、よく知られているものがある。
渋滞する道路を前にした永井豪先生が、
「自動車から脚が伸びて、前の車をまたいで進めたらよいのに」
と考えたことが、着想の出発点になったという。
重要なのは、永井先生が最初から「新しいロボットを作ろう」と考えたのではなかったことだ。
人間が乗る自動車という存在を、もっと自由に、もっと巨大に、もっと人間の身体に近いものへと拡張していった。
その思考の先に、人間が内部へ乗り込み、自らの手足のように操縦する巨大ロボットが現れた。
つまり、マジンガーZとは、自律して考える機械の延長として生まれたのではない。
乗り物が巨大な身体へと変貌した存在だったのである。
人間は、その頭部へ乗り込む。
操縦桿を握り、機体を歩かせ、拳を飛ばし、炎を放つ。
ロボットへ命令を与えるのではなく、その内部から巨大な身体を動かす。
この発想が、後のロボット作品にどれほど大きな影響を与えたかについては、すでに多くの系譜論が語られている。
合体ロボットの始まりは何か。
二号ロボットという概念はどこから生まれたのか。
変形、追加武装、支援メカ、量産機――。
語り始めれば、きりがない。
それらについて書きたい気持ちは、もちろんある。
しかし本稿で考えたいのは、ロボット作品史における発明の一覧ではない。
なぜ僕たちは、マジンガーZに心を奪われたのか。
なぜ空を飛ぶ拳に驚き、鉄の身体に憧れ、その操縦席へ自分も乗り込みたいと願ったのか。
そして、なぜ兜十蔵博士が孫の甲児へ残した、
「お前は神にも悪魔にもなれる」
という言葉が、半世紀以上を経た今なお、これほどまでに重く響くのか。
マジンガーZが提示したのは、単なる巨大ロボットの格好よさではなかった。
それは、人間が自分の身体では扱いきれないほどの力を手にしたとき、何を選び、何を壊し、何を守るのかという問いだった。
巨大な力そのものには、善も悪もない。
拳が飛ぶ方向を決めるのは、機械ではない。
操縦席に座る人間である。
『鉄の城』マジンガーZ。
それは人間を守るための城であると同時に、人間の未熟さや欲望までも巨大化させる、危うい力の器でもあった。
だからこそ、人は神にも悪魔にもなれる。
本稿では、その巨大な身体へ人間が初めて乗り込んだ瞬間から、改めて『マジンガーZ』というエポックメイキングをたどってみたい。

1.ロボットの中へ人間が乗り込む
マジンガーZとは、天才科学者・兜十蔵博士が、Dr.ヘルの世界征服に対抗するため、密かに建造していた巨大ロボット兵器である。
自らの野望と機械獣の秘密を知る十蔵博士を危険視したDr.ヘルは、直属の幹部・あしゅら男爵にその抹殺を命じる。
別荘を爆破され、瓦礫の下で瀕死となった十蔵博士は、駆けつけた孫・兜甲児に、最後の遺産としてマジンガーZを託した。
そこで甲児へ告げられたのが、あまりにも有名な言葉である。
「お前は神にも悪魔にもなれる」
世界を救う神となるか。
世界を滅ぼす悪魔となるか。
十蔵博士は、その正しい答えを教えないまま、巨大な力と選択の責任を孫へ渡して事切れる。
甲児にしてみれば、たまったものではない。
昨日までバイクを乗り回していた少年が、祖父の死を受け止める間もなく、米軍第七艦隊をも凌ぐとされる兵装を備えた巨大ロボットを相続することになったのだから。
しかも、その力を何のために使うべきかについて、祖父は具体的な指針をほとんど残していない。
世界を救うのも、世界を征服するのも、お前次第だ。
それは自由の贈与であると同時に、あまりにも重すぎる責任の丸投げでもあった。
それでも甲児は、持ち前の好奇心と行動力に突き動かされるように、マジンガーZへ乗り込む。
甲児が操縦席として使用するのは、小型飛行艇ホバーパイルダーである。
これをマジンガーZの頭部へ合体させることで、巨大な機体は初めて目覚める。
「パイルダーオン!」
この合体は、単なる発進手順ではない。
人間の意思が巨大な身体へ接続される瞬間である。
頭部へ収まった甲児は、マジンガーZの頭脳となり、進む方向を決め、拳を振るい、武器を放つ。
マジンガーZは自ら考えて戦うロボットではない。
巨大な力は持っているが、その力をどこへ向けるかは、操縦席に座る人間へ委ねられている。
ところが、乗り込んだからといって、すぐに自由自在に動かせるわけではない。
ここが『マジンガーZ』の、実に丁寧で面白いところである。
十蔵博士は、甲児が普段から乗っていたバイクの操作感覚に近い形でホバーパイルダーの操縦系統を設計していた。
だからといって、全高十八メートル、重量二十トンの巨大ロボットを、一朝一夕に自分の手足のように扱えるはずもない。
甲児がわずかに操作を誤れば、その小さな失敗は、マジンガーZの巨大な身体によって何十倍、何百倍もの破壊へ変換される。
一歩踏み出す。
身体の均衡を崩す。
腕を動かそうとして、建物をなぎ払う。
本人に悪意などなくとも、巨大な足が向かう先に人間がいれば、その結果は悪魔の所業と変わらない。
アニメ版では、甲児は危うく、唯一の肉親である弟・シローをマジンガーZで踏み潰しかける。
世界を守るために造られたはずの鉄の城が、操縦者の未熟さによって、最も守るべき存在へ牙をむく。
ここで「神にも悪魔にもなれる」という言葉は、早くも現実のものとなる。
甲児は悪人ではない。
世界を壊そうとも考えていない。
それでも、力を扱う技量がないというだけで、悪魔と同じ結果を生み出してしまう。
マジンガーZは、甲児の意思に逆らって暴走しているわけではない。
むしろ、甲児の拙い操作を忠実に、巨大な規模で実行しているのである。
そう考えると、これは非常に現代的な構図でもある。
強大な技術は、人間の判断を自動的に正しくしてくれるわけではない。
与えられた命令を、その規模に応じて増幅する。
だから重要なのは、力を所有していることではなく、その力に見合う判断力と技量を身につけていることである。
自分の身体ならば、転んで膝を擦りむけば済む。
しかし、マジンガーZが転べば、建物が潰れ、道路が砕け、人が命を落としかねない。
甲児は、自分よりはるかに大きな身体を与えられたことで、それまでとは比較にならない責任を負うことになった。
そこへ現れたのが、弓さやかの操縦する女性型ロボット、アフロダイAである。
マジンガーZと同じく、人間が内部から操縦する巨大ロボットであり、いわば先輩にあたる存在だ。
アフロダイAは、まともに歩くことさえできないマジンガーZへ、身体の動かし方を実地で教えていく。
少々乱暴な言い方を許していただければ、新入りロボットへの「調教」である。
もっとも、実際に学んでいるのは機械ではない。
操縦席に座る甲児の方だ。
重心の置き方。
一歩を踏み出す感覚。
腕を動かす力加減。
巨大な身体が、どのように外界へ影響を与えるのか。
甲児は説明書を読むだけで操縦法を身につけたのではない。
失敗し、恐怖し、身体を動かしながら、マジンガーZとの距離を少しずつ縮めていった。
ここに、人間がロボットへ乗り込むという発想の本当の面白さがある。
外部から命令するだけであれば、ロボットは道具である。
しかし、その内部へ入り込み、機体の揺れや衝撃を受けながら操縦するとなれば、ロボットはもう一つの身体になる。
甲児はマジンガーZを所有しているだけではない。
その身体を借りて歩き、戦い、傷つき、失敗する。
人間と機械は一体ではない。
しかし完全に別々でもない。
両者の間には、操縦という不完全な接続がある。
だからこそ、甲児の成長は、そのままマジンガーZの成長として見える。
新しい武器が追加されるから強くなるだけではない。
操縦者が、自分の力を理解することで、同じ機体が少しずつ「鉄の城」になっていくのである。
最強の機体を受け継いだからといって、最強の操縦者になれるわけではない。
それどころか、巨大な力を与えられた未熟な人間は、善意のまま悪魔の所業をなし得る。
だから甲児は、敵を倒すことより先に、まず歩くことから覚えなければならなかった。
自分の力で、誰かを踏み潰さないために。
『マジンガーZ』の物語は、最強の力を手に入れた英雄の物語として始まるのではない。
自分には大きすぎる身体を与えられた少年が、その身体の使い方を学ぶところから始まるのである。
「人の頭脳を加えたときに
マジンガーZ! マジンガーZ!
おまえこそ未来もたらす」
「人の心を加えたときに
マジンガーZ! マジンガーZ!
おまえこそ勇気もたらす」
「お待たせしました、マスター。――って、今度の原稿ですか?」
聞き慣れた声に顔を上げる。
「えっ、マジンガーZですか? 今度のお題は」
ここは、ミルク通り103番地にあるカフェテリア《霧の砂糖(シュクル・ド・ブリュム)》。
その店の片隅で原稿を打っていた僕の前に、待ち合わせをしていた私設秘書、クロニカ・L・エディティアが現れた。
いつも執務室で目にするフォーマルな装いとは違い、今日はゆったりとした晩夏の装いに身を包んでいる。
手にしたトレーには、抹茶アイスラテと、僕のために頼んでくれたらしいアイスティーのおかわりが載っていた。

「そうだよ。僕の世代には、ど真ん中だからね」
僕が事もなげに答えると、クロニカは少し咎めるような目を向けた。
「そういう『中の人』めいたメタ発言は慎んでください、マスター」
そう言いながら、僕の向かいの席へ腰を下ろす。
「しかし――前回のジェイデッカーは、私もかろうじて覚えていますけど、マジンガーZとなると、某『スーパーロボット大戦』で得た知識くらいしかありません」
「クロニカも大概、メタ発言だと思うよ」
「コホン」
クロニカは、わざとらしく咳払いをした。
「それで、記事はどこまで書かれたのですか?」
彼女は、僕のタブレット画面を横から覗き込むような野暮な真似はしない。
「ん――そうだね。アニメ版第1話のあたりまでかな」
僕は画面を閉じずに、そのまま答えた。
「ジャンプ・コミックス版と比べれば、アニメ版は少しマイルドな演出になっている。でも、根底にあるものは同じだよ」
「根底にあるもの?」
「巨大すぎる力を手に入れた少年が、まず、その力に振り回されるということ」
クロニカは抹茶アイスラテのストローへ口をつけながら、しばらく考えるように僕を見た。
「つまり、マジンガーZを手に入れたからといって、すぐに英雄になれたわけではない」
「そういうこと」
「人の頭脳を加えただけでは、まだ足りない」
その言葉に、僕は少し目を見開いた。
クロニカは、何でもないことのように続ける。
「人の心を加えて、初めて勇気をもたらす。先ほど、マスターが口ずさんでいた歌詞のとおりではありませんか」
「……聞いてたの?」
「店の入口まで、よく聞こえていました」
「それは恥ずかしいな」
「ご安心ください。音程についての評価は、今回の記事には含めません」
そう言って、クロニカは涼しい顔でアイスラテをもう一口飲んだ。
発射、命中、ミサイルパンチ。
いまだ、出すんだ、ルストハリケーン
今度は周囲に聞こえない程度の小さな声で、クロニカが『マジンガーZ』のオープニングテーマの一節を口ずさんでいる。
「よく覚えてるね。歌詞もちゃんと合ってるよ」
「私、『ミサイルパンチ』っていうから、ロケットパンチと同じように、腕が飛ぶのかなと思っていたんです」
ほほう。
そこに食いついたか。
僕は心の中だけで、わずかに笑った。
「腕ではなくて、飛ぶのはミサイルなんですね」
「よく戸惑うところだよね」
僕は、できるだけ平静を装って答えた。
ミサイルパンチという名前だけを聞けば、拳そのものがミサイルになって飛んでいくようにも思える。
しかし実際には、マジンガーZの腹部から小型ミサイルを連続発射する武器である。
名称だけで想像すると、ロケットパンチとの区別が些か分かりにくい。
「飛ぶといえば、やはりロケットパンチですけど――」
クロニカはストローから口を離し、少し首を傾げた。
「マスター。そもそも、どうしてロボットの腕を飛ばそうと思ったのでしょうね」
その問いに、僕はすぐには答えられなかった。
あまりにも有名で、あまりにも当たり前になっているため、これまで深く考えたことがなかったのである。
ロボットが拳を飛ばす。
今となっては、それだけで何の説明も必要としない。
ロケットパンチとは、そういうものだ。
しかし改めて考えてみれば、腕とは本来、本体から切り離すものではない。
敵を殴るなら、近づいて拳を振るえばよい。
遠距離から攻撃するなら、銃やミサイルを装備すればよい。
それなのに、なぜ腕を飛ばしたのか。
「……確かに、不思議だね」
僕はアイスティーで喉を潤しながら、考えを巡らせた。
「武器を持たせるのではなく、身体の一部をそのまま武器にした」
「はい」
「しかも、拳という、人間にとって一番分かりやすい攻撃手段を」
クロニカは静かにうなずく。
「拳で殴るという動作を、遠距離兵器へ変換したわけですね」
「そう考えると、かなり大胆だよね」
銃口から弾丸が飛ぶのではない。
胸部から砲弾が放たれるのでもない。
怒りや力の象徴である拳が、そのまま敵へ向かって飛んでいく。
そこには、機械の合理性とは別の、奇妙な説得力があった。
「人間は、怒ったときに拳を握ります」
クロニカが言った。
「敵へ立ち向かうときも、まず拳を前へ突き出す。ロケットパンチは、その身体的な衝動を、巨大ロボットの能力として実装したものなのかもしれません」
「なるほど」
僕は思わず、感心して彼女を見た。
「武器として合理的だから飛ばしたのではなく、拳を飛ばすこと自体に意味があった、と」
「少なくとも、見ている側にとっては」
その通りだった。
ロケットパンチは、機械獣を倒すための兵器である。
しかし、それだけなら別の武器でもよかったはずだ。
拳が飛ぶからこそ、子どもは自分の腕を突き出し、甲児と同じ掛け声を叫ぶことができた。
ロケットパンチは、画面の中の巨大ロボットと、画面の前にいる子どもの身体をつなぐ必殺技だったのである。
僕は再びタブレットへ視線を戻した。
次に書くべきことが、ようやく見えた気がした。
「クロニカ」
「はい、マスター」
「次の章題が決まったよ」
僕は、新しい見出しを入力した。
2.ロケットパンチ――身体そのものが武器になる
「純粋な怒りとしての鉄拳を、敵へ直接ぶつけるカタルシス――僕なら、素人なりに、そういうところなのだと思うな」
遠距離攻撃としてのギミックの面白さ。
玩具として実際に拳を飛ばせるという画期性。
どちらも、ロケットパンチが生まれた理由の一つなのかもしれない。
だが、それだけではないと僕は思う。
コクピットにいる兜甲児の「意思」そのものを、遠くにいる敵へ届ける。
届かないなら、拳を飛ばしてでも届かせる。
より強く。
より遠く。
自分の怒りも、勇気も、敵へぶつける。
ロケットパンチとは、そうした感情の表れだったのではないだろうか。
「確かに――」
クロニカの声に、少しずつ熱がこもっていく。
「テレビの前の子どもたちは、ハラハラしながらマジンガーZの戦いを見守っています。きっと『がんばれ、マジンガー!』と叫んでしまう子もいたのでしょうね」
僕は口を挟まず、彼女の言葉に耳を傾けた。
「ところが、肝心の攻撃が敵に――機械獣に届かない。近づくこともできない。マジンガーZは追い詰められ、どうすることもできない。大変な危機です」
彼女は、まるでその場面を目の前で見ているかのように続けた。
「そこで、届かなかったはずの拳が、勢いよく敵まで飛んでいくとしたら――」
クロニカは胸の前で、そっと拳を握った。
「感極まりますよね」
「逆転のカタルシスだね」
届かなかったものが、届く。
離れていた敵へ、甲児の拳が届く。
それまで画面の前で見守ることしかできなかった子どもたちの願いも、その拳に乗って飛んでいく。
ロケットパンチは、単に攻撃範囲を広げた武器ではない。
主人公と視聴者の感情を、敵まで運ぶための必殺技だったのかもしれない。
拳は、怒りの象徴である。
同時に、それでも立ち向かうという意志の象徴でもある。
だからロケットパンチが飛ぶ瞬間、そこには兵器の発射以上のものがあった。
甲児の怒りが飛ぶ。
正義が飛ぶ。
子どもたちの声援が飛ぶ。
そして、届かないと思われたものが、ついに敵へ届く。
その瞬間に生まれるものこそが、ロケットパンチのカタルシスだったのである。
「そういえば――」
「ん?」
クロニカが、何かに気づいたように顔を上げた。
「どうして、マジンガーZの超合金は『超合金』という名前なんでしょう?」
こういう、当たり前すぎて誰も疑問に思わないところへ、不意に切り込んでくるクロニカの問いを、僕は嫌いではない。
「正確には『超合金Z』だね」
僕は、記憶をたどりながら答えた。
「日本で発見された架空の元素『ジャパニウム』から作られる合金で、鋼鉄よりもはるかに強固な金属だったはずだよ。それに、ジャパニウムからは光子力エネルギーも生み出される」
「なるほど。マジンガーZの身体を作る素材そのものが、動力源とも深く関係しているんですね」
「そういうことになるね」
クロニカは少し考えたあと、さらに問いを重ねた。
「でも、玩具の方も『超合金』と呼ばれていましたよね?」
ほら来た。
こちらの読みどおりだ。
「当時のスポンサーだった玩具会社が、劇中に登場する『超合金Z』にあやかって、ダイカスト合金を使った玩具に『超合金』という名前を付けたんだよ」
「つまり、実際の素材名ではなく、商品名だった」
「そう。現実の合金を、作品世界の金属と同じ名前で呼んだわけだね」
僕は、アイスティーのグラスに浮かぶ氷をストローで軽く鳴らした。
「これが、当時の子どもたちに大受けした」
「そんなに衝撃的だったのですか?」
「そりゃあ、もう」
思わず声に力が入る。
「テレビの中で、マジンガーZは超合金Zで作られた『鉄の城』だと語られている。そのマジンガーZを、玩具売り場でも『超合金』という名前で売ったんだよ」
「作品の設定と、現実の商品を同じ言葉でつないだ」
「そうなんだ」
もちろん、玩具が本当に架空の超合金Zでできていたわけではない。
だが、子どもにとって、そんな現実的な区別は大した問題ではなかった。
箱に「超合金」と書いてある。
手に取れば、冷たい。
そして、ずしりと重い。
その重さこそが、これはただのプラスチックのおもちゃではない、マジンガーZと同じ鉄の身体なのだと信じさせてくれた。
「かくいう僕も、超合金の玩具はいくつも持っていたよ」
「マスターも、ですか?」
「クリスマスと誕生日に、一つずつ母が買ってくれてね」
年に二度だけ訪れる、特別な日。
包装紙を開き、鮮やかな外箱を目にした瞬間の高揚感は、今でもどこかに残っている。
「僕は何というか――その、昔からコレクター気質なところがあってさ」
「存じています」
間髪を入れず返され、僕は少し言葉に詰まった。
「……だから、外箱もきちんと取っておいたんだよ。説明書も、内箱も、付属品も、できるだけ元の場所へ戻していた」
「遊び終わったら、毎回ですか?」
「もちろん」
クロニカは感心したような、少し呆れたような顔で僕を見る。
「それは、玩具の所有者というより、収蔵品の管理者ですね」
「子どもなりに、大事にしていたんだよ」
超合金玩具は、ただ遊ぶためだけのものではなかった。
箱を開けるところから始まり、遊び終えたら、拳やミサイルを一つずつ確認し、決められた場所へ戻す。
部品がすべてそろっていることを確かめて、ようやく安心して蓋を閉じる。
それは僕にとって、小さな格納庫であり、小さな博物館でもあった。
「ですが、ロケットパンチは、本当に発射できたんですよね?」
「そうだね。そりゃあもう」
僕は、懐かしさにつられて少し身を乗り出した。
「ボタンを押すと、ものすごい勢いですっ飛んでいった。だから、撃ったあとに探すのが大変でさ」
「そんなに飛んだのですか?」
「子どもの目には、部屋の端まで飛んでいくように見えたね。勢い余って、ガラスにひびが入ったことも――」
僕はそこで、少し考えた。
「……それは、さすがになかったかな」
「今、記憶を誇張しましたね」
「半世紀近く前の記憶には、多少の演出が入るものなんだよ」
クロニカは、疑わしそうに僕を見た。
「でもね。その『飛ばす機能』は、ロケットパンチを持つ作品だけのものではなくなったんだ」
「どういうことですか?」
「とにかく、当時のロボット玩具は何かが飛んだ。腕が飛ぶ。拳が飛ぶ。ミサイルが飛ぶ。胸の飾りや、剣の先端まで飛ぶ」
「劇中で、実際に飛ばしていなくても?」
「そこが重要なんだよ」
僕は、思わず笑ってしまった。
「でもね、その『機能』は、どんな作品のロボット玩具にも、半ば当然のように採用されていてね」
「ガンダムもですか?」
「ガンダムもだね」
僕が即答すると、クロニカは少し意外そうな顔をした。
「でも、ガンダムの腕は飛びませんよね?」
「アニメではね。当時はガンプラより先に、クローバーから合金玩具が出ていたんだよ。そちらには、拳を飛ばす『G・パンチ』が付いていた」
「作品にない武器を、玩具側で追加したのですか」
「腕が飛ばないロボット玩具なんて、当時としては物足りなかったのかもしれないね」
「では、イデオンも?」
「イデオンもだね」
僕は、今度は少し含みを持たせて答えた。
クロニカは一瞬考え、それから気づいたように目を細める。
「……どちらも、富野由悠季監督の作品ですよね」
「そう。リアルロボットであろうと、伝説の巨神であろうと、玩具売り場では腕が飛ぶ」
「監督の作家性より、玩具業界の様式美の方が強かった」
「当時は、そういう時代だったんだよ」
腕は飛ぶ。
ミサイルも飛ぶ。
そして、作品世界の理屈より先に、子どもがボタンを押したときの喜びがあった。
「そこまで徹底していたのですね」
「マジンガーZのロケットパンチが、それほど強烈だったということだと思うよ」
ロボットの拳が飛ぶ。
その一つの発想が、作品の枠を越え、玩具という別の世界の標準仕様にまでなった。
ロケットパンチは、必殺技の名前であるだけではなかった。
それはいつしか、
「ロボット玩具なら、腕くらい飛ぶものだ」
という、子どもたちと玩具メーカーの共通認識になっていたのである。
「しかし、それでは――」
クロニカは、僕が先ほど話した外箱と付属品の話を思い出したらしい。
「部品をすべて保管していたマスターには、かなり危険な遊びだったのではありませんか?」
「そこなんだよ」
僕は深くうなずいた。
「飛ばしたい。でも、なくしたくない」
「相反する要求ですね」
「必殺技を再現するたびに、コレクションの完全性が脅かされる」
「つまり、ロケットパンチの発射は、毎回が欠品リスクを伴う出撃だった」
「子どもの遊びを、そんな業務報告みたいに言わないでくれるかな」
だが、否定はできなかった。
あの頃の僕にとって、拳を飛ばすことは爽快な遊びであると同時に、少しばかり覚悟の要る行為でもあった。
ロケットパンチは敵へ向かって飛んでいく。
そして遊び終えた僕は、英雄ではなく、床に這いつくばって拳を捜索する者になるのである。
「あるときはタンスの裏。次は冷蔵庫と壁の隙間。実に子ども泣かせな『機能』だったよ」
僕は、失われた拳の捜索記録を披露するように、感慨深く語った。
その向かいで、クロニカは笑いもせず、実に真面目な顔で耳を傾けている。
まるで、祖父の昔話を聞き漏らすまいとする孫のようだった。
その様子が何となく可笑しくて、僕はアイスティーへ手を伸ばした。
「笑ってもいいんだよ」
「いえ」
クロニカは、あくまで真顔のまま首を横に振った。
「マスターにとっては、重大な部品紛失事故だったのでしょう?」
「まあね。拳が片方なくなれば、マジンガーZはもう完全な状態ではなくなる」
「では、捜索するのは当然です」
「分かってくれる?」
「はい。格納庫から出撃した兵装が未帰還なのですから、回収作業は必要です」
「やっぱり業務報告みたいに言うんだね」
そこでようやく、クロニカは小さく笑った。
だが、彼女の言うとおりでもあった。
ロケットパンチを撃つ瞬間、僕は確かに兜甲児だった。
そして、その拳を探して床を這い回るとき、僕は発射した武器の行方に責任を負う操縦者でもあったのである。
テレビの中では、ロケットパンチは何事もなかったようにマジンガーZの腕へ帰ってくる。
しかし、現実の玩具には自動帰還機能などない。
飛ばした者が、自分で探し出さなければならない。
子どもは必殺技の快楽とともに、ほんの少しだけ、力を行使した後始末まで教えられていたのかもしれない。
超合金玩具の時代は、飛ばす快楽と、失う恐怖が隣り合わせだった。
ロケットパンチを撃てば、確かにマジンガーZになれた。
しかし撃った瞬間から、その拳を回収する責任もまた、操縦者に委ねられた。
私は箱まで保管する子どもだった。
内箱の窪みに部品を戻し、欠品がないことを確かめて、ようやく安心できた。
だから必殺技を放つことは、ただの遊びではない。
完全性を賭けた、小さな出撃だった。

後編に続きます。



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