宇宙から来た純真なる視点、我らが『太陽の勇者ファイバード』
今回、私がおすすめする作品は、『太陽の勇者ファイバード』です。
1991年から1992年にかけて放送されたサンライズ制作のロボットアニメといえば、忘れてはならないのが本作です。
奇しくも「絶対無敵ライジンオー」と同時期に放映されており、続く勇者シリーズの礎を確固たるものにした記念すべき第2作目となります。
「太陽の勇者」。
この冠タイトルに示される圧倒的なヒロイズムと温かさに、当時のロボットアニメファンが胸を熱くしないわけがありませんでした。
古いオタク老人会の皆さまならば、「勇者」と冠するロボットアニメといえば「勇者エクスカイザー」から始まる一連の系譜を思い浮かべるわけですが、本作の主人公・火鳥勇太郎(かとりゆうたろう)のインパクトは計り知れないわけでして。
「え、主人公、宇宙から来たエネルギー生命体で、しかも自称アンドロイド!?」
と、私の脳内には期待とツッコミが同時に渦巻きましたが、本放送が始まり、彼のあまりにも純粋なキャラクターに触れた瞬間、そんなものはすぐに吹っ飛びました。
ズレた日常と「サツダ刑事 vs 天野博士」の秀逸なドタバタ劇
宇宙皇帝ドライアスの地球侵略を追ってやってきた宇宙警備隊の隊長「ファイバード」は、天才にして変人科学者である天野平和(あまのひろし)博士が作った、人間そっくりのテスト用アンドロイドに融合し、「火鳥勇太郎」として生活を始めます。
ライジンオーが「学校の教室そのものが基地」というギミックで我々を驚かせたように、ファイバードは「宇宙の勇者が、世間知らずの青年として日本の日常に溶け込んでいる(つもり)」というギャグすれすれの日常描写で私たちをテレビ画面に食いつかせました。
そして、その「日常」を強烈に彩っていたのが、天野博士と、彼をマッドサイエンティスト(あるいは怪盗)と疑って執拗に追い回すサツダ刑事との、まるで昭和のコントのようなやり取りです。
毎回のように天野平和研究所を嗅ぎ回り、空回りしてはドタバタを繰り広げるサツダ刑事。
しかし、この一見ユーモラスな追いかけっこは、「世界を救っている真の英雄は、世間一般から見れば『奇行を繰り返す変人』にしか見えない」という、なんとも皮肉でリアルな社会の構図を描き出していました。
この泥臭くも人間味あふれる大人たちのやり取りがあったからこそ、作品全体に「圧倒的安心感」と温かみが生まれていたのです。
小さな先生たち(子供たち)が教える地球の心
火鳥兄ちゃんは、地球の常識を全く知りません。
蝶を追いかけて崖から落ちたり、自転車に話しかけたり。
そんな宇宙の勇者にとって、地球のガイド役であり「小さな先生」となったのが、天野博士の孫であるケンタ少年やハルカちゃんたちでした。
ライジンオーにおいて、「嫌なものとも折り合いをつけ、責任を持って共存する世界」こそが現実であることを子供たちが学んでいったように。 本作では逆に、子供たちとの何気ない遊びや会話を通して、火鳥が「地球の美しさ」や「楽しい」「悲しい」という人間の感情の機微を学んでいく構造になっています。
子供たちの純粋な視点を通して語られる「地球の日常」の尊さは、視聴者である私たち自身に「自分たちが住むこの星の素晴らしさ」を再認識させてくれました。
女医・美子先生との交流、「涙」を知る勇者の哲学
そして本作を語る上で絶対に外せないのが、女医である国枝美子(くにえだよしこ)先生と火鳥との、不器用で、しかしあまりにも美しい心の交流です。
怪我や病気、そして「命の終わり」という概念を持たないエネルギー生命体の火鳥は、美子先生の医療現場での姿を通して「人間の脆弱さ」と、それを補って余りある「人を助けたいと願う心の強さ(愛)」に触れていきます。
「アークダーマ」が人間の「迷惑だな」という小さな不満を増幅させ、社会への脅威に変換したように、敵のドライアスやDr.ジャンゴもまた、人間の持つエゴや負の側面を利用して襲いかかってきます。
しかし火鳥は、人間の愚かさを目の当たりにしても決して絶望しませんでした。
なぜなら彼は、ケンタたち子供の純真さや、美子先生の「無償の愛」を知っていたからです。
物語の終盤、ただのエネルギー体であったはずの彼が、地球人とともに笑い、怒り、そして「温かい涙」を流すことの意味を知る過程は、ロボットアニメの枠を完全に超えたヒューマンドラマの極致です。
「自由には責任が伴い、不満の解消には代償がある」
ライジンオーが教えてくれたこの哲学と並び、ファイバードは「どんなに脆く、時に愚かであっても、人間には信じるべき『愛』と『心』がある」ということを教えてくれました。
太陽の翼が教えてくれたこと
奇しくもライジンオーのOP曲「ドリーム・シフト」が、「夢を大切にする思い」と「夢や想いには責任・強さが伴う」という哲学を歌い上げていたように。
ファイバードのOP曲「太陽の翼」もまた、何度倒れても愛する者たちのために立ち上がる不屈のヒロイズムを高らかに歌い上げています。
今にして思うこと。
それは、どれだけ社会が複雑になり、大人の事情やエゴが渦巻く世の中になろうとも、火鳥勇太郎のような「真っ直ぐで純粋な心」を、私たちは心のどこかに持ち続けられているだろうか? ということです。
圧倒的な悪意や絶望的な状況を前にしても、美子先生や子供たちから学んだ「心」を武器に、地球を、人間を、そして命を愛し抜いた彼の姿を。
そんな温かくも力強い問いを、皆さんもぜひ共有してほしいと思います。

注)著作権に最大限配慮しています。


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