本稿には、戦争犯罪、虐殺、人体損壊を想起させる描写が含まれます。
苦手な方は閲覧をお控えください。
赤道直下に位置する、名もなき資源国。
かつて列強によって鉱山地帯として切り分けられた小国である。
地図には先に国境線が引かれ、人々の暮らしは、その線の内側へ後から押し込められた。
オリュンピュア財閥が背後で糸を引き、意図的に泥沼化させた内戦の最前線。
焦げたコンクリートと鉄錆の匂いが充満する廃教会の跡地で、ネメシス執行隊麾下の現地傭兵部隊は、下劣な勝利の美酒に酔っていた。
彼らに与えられた本来のタスクは「反政府軍の拠点制圧」のみである。
しかし、部隊の男たちは現地民の居住区へ無断でなだれ込み、金品の略奪はおろか、財閥の密輸ルートに横流しするための「新鮮な臓器」を目当てに、無差別な虐殺と解体を行っていた。
血まみれのクーラーボックスが、祭壇の前にいくつも並べられている。

「大豊作だぜ。このエリアのガキどもは、高く売れるパーツが揃ってやがる」
傭兵部隊の隊長が、血のついた札束を数えながら下劣な笑い声を上げたその時――
廃教会の入り口から、足音もなく「それ」は現れた。
チタン合金が擦れるような、冷たく重い気配。
完全武装した傭兵たちが、本能的な恐怖で一斉に口をつぐむ。
煤けたステンドグラスの光を背に受けて立っていたのは、ネメシス執行隊長、デイモス・クロスだった。
完璧に仕立てられたダークスーツの上から、軽量かつ強靭な戦術防弾ベストを羽織り、その右手には鈍く光るチタン合金製のタクティカル・バトンが握られている。
デイモスは、クーラーボックスと略奪品の山を冷たい眼差しで見下ろした。
怒りはない。
ただ、帳簿の計算が合わないことに気づいた会計士のような、ひどく無機質な目だった。
「予定時刻から、制圧完了の報告が十四分遅延している。……その無駄なクーラーボックスのせいか?」
デイモスの低く響く声に、隊長の顔から一瞬にして血の気が引いた。
「ち、違います! これはその……我々の現地調達というか、正当なボーナスでして……! 制圧そのものは完璧に――」
「――誰が許可した?」
デイモスの声は、決して荒らげられてはいなかった。
しかし、その一言で廃教会の温度が数度は下がったように感じられた。
重圧。
圧倒的な暴力の予感が、傭兵たちの喉を締め付ける。
隊長は恐怖のあまり顎を震わせ、声を発することすらできない。
「もう一度聞く。誰が許可した」
デイモスが一歩、前に出る。
靴底が、血溜まりを踏む乾いた音が響いた。
「お、お許しくださいデイモ――!!」
命乞いの叫びは、最後まで空気を震わせることはなかった。
ゴチャッ!!
湿った、それでいて骨が粉々に砕ける不快な破裂音。
デイモスが目にも留まらぬ速度で振り抜いたチタン合金の警棒が、隊長の側頭部を完璧な軌道で捉えていた。
あまりの剛力に、隊長の頭部はまるで飴細工のようにひしゃげ、無残に陥没している。
痙攣すら起こす暇もなく、巨漢の傭兵は糸の切れた人形のように崩れ落ち、自らが集めた血溜まりの中へ沈んだ。
「……俺の定めたアルゴリズム(作戦)に、貴様らのくだらない私欲(ノイズ)を混入させるな。それは、オリュンピュアの純度を下げる『損失』だ」
デイモスは、警棒にこびりついた脳漿を懐のハンカチで優雅に拭き取ると、血の気を失い、銃を構えることすら忘れて硬直している残りの傭兵たちへ冷たく言い放った。
「貴様らにも命のコストを教えてやろう」
それが、清算(リクィデーション)の合図だった。
廃教会の暗がりから、デイモス直属の精鋭――完全な漆黒に身を包んだネメシス執行隊の正規隊員たちが、音もなく姿を現す。
直後、サプレッサー(減音器)を装着されたアサルトライフルの乾いた銃声が、雨霰のように降り注いだ。
悲鳴を上げる間もなかった。
逃げ惑う傭兵たちは、誰一人として反撃のトリガーを引くことすら許されず、次々と正確に頭部と胸部を撃ち抜かれ、物言わぬ肉塊へと変わっていく。
わずか数十秒。
圧倒的で、無機質で、システマチックな「一掃」。
デイモスは、死体だらけになった廃教会の中央で、胸元のインカムのスイッチを入れた。
「こちらデイモス。……ああ、害虫(バグ)の駆除は完了した。現地の不確定要素(ノイズ)はこれでゼロだ、クロノスCEO。ただちに正規の制圧プロセスに移行する。損失額は、損失額は、彼らの口座、装備、契約保証金で相殺しておく。」
通信を切り、デイモスは転がったクーラーボックスを冷たい革靴の底で蹴り倒した。
「ケアだの命の尊厳だの……。どいつもこいつも、計算が甘すぎる」
彼は一瞥もくれず、焦土と化した教会を後にした。
後に残されたのは、完璧に清算された「数字」の死骸だけだった。
「デイモス隊長、ダイレクト通信が入っております」
デイモスの副官の一人が、彼に耳打ちする。
「――繋げ」
「繋ぎます」
『――デイモス。貴公に特殊任務を命ずる』
クロノスではない、威厳ある音声。
「何でしょう。クロノスCEOの命令はまだ完遂しておりませんが」
『クロノスにはあとで伝える。貴公に”処理”してほしい案件がある』
「私自ら出向く要件ですか」
『クロード・ジンは知っておるな?』
「国際的な慈善団体の理事長という他は存じませんが」
『その娘、エレノア・ジン――その者を”処理”する』
「――命のコストに耐えますか、アガメムノン様」
『ジン家に圧力を掛ける。さすれば彼奴――あずきとそらとか言ったか。必ず動く』
「――気が進みませんな」
「――気が進みませんな」
『珍しいな。貴公が命の重さを語るとは』
「いいえ」
デイモスは、廃教会の床に残った血の足跡を見下ろした。
「命ではありません。手順の問題です」
通信の向こうで、アガメムノンがわずかに笑った。
『ならば、手順ごと処理せよ』
沈黙は、承服の合図であった。
デイモスは通信を切り、副官に命ずる。
「新たな任務だ」
「目標は」
『霧の森域――エレノア・ジン』
少ない単語で、全てを察した副官は、踵を変えて部隊に手早く指示をする。
「アガメムノン様も酔狂なことだ」
――骨が折れるやも知れんな。
そう考えながら、紙巻きタバコに火を付け、紫煙をふう、と吐く。




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