日本財政・経済の試練の時――ホルムズ・ショック・アフター③

展望台

前回の「日米中央銀行トップの思想の違い」に続き、この記事では日本経済のもう一つの車輪である「日本政府(高市政権)」の考え方と立ち位置に焦点を当てます。

日銀が段階的な利上げへと舵を切る中、政府はいかにして景気を冷やさず、物価高や円安、そして国債金利の上昇という複雑な課題を乗り越えようとしているのか。

「綱渡りのサーカス」とも言える現在の国家運営の実態と、今後の政策の方向性を詳しく解説します。

この記事の要点

  • 政府の基本姿勢(綱渡りの国家運営):日銀の利上げ(独立判断)を尊重しつつも、景気後退を防ぐため、財政出動・賃上げ支援・物価高対策などで「横から経済を支える」という極めて難易度の高い舵取りを行っている。
  • 高市政権の経済思想:危機管理や成長分野への大胆な投資を行う「責任ある積極財政」を掲げる一方で、市場の信認(財政規律)や円安防衛にも配慮するハイブリッドな混合路線をとっている。
  • 今後の火種となる4つの対立点:今後の政策運営において、「追加利上げのペース」「エネルギー補助の長期化」「為替介入の限界」「積極財政と国債市場」という4つのポイントが大きな焦点(あるいは対立点)となる。

この記事で扱うこと

  • 現在の日銀の政策動向(政策金利1.0%への正常化)に対する政府のスタンス
  • 高市政権における「4つの具体的な経済政策(物価高対策、中東情勢対応、賃上げ支援、成長・危機管理投資)」
  • 政府と日銀のリアルな関係性(「アクセルとブレーキ」ではなく「左右の足」)
  • 今後の政策運営において顕在化しうる「4つの対立点」の詳細

前回の講義では、日銀とFRBの立場、考え方の違いとその作用反作用について学んでみました。

日本財政・経済の試練の時――ホルムズ・ショック・アフター②
この記事では、日米の中央銀行トップが持つ「経済思想の違い」に着目し、両国の金融政策の現在地と今後の行方を読み解きます。同じ「利上げ・引き締め」の方向を向いているように見えても、背景にある物語が異なる日米の金融政策が、今後の経済や市場にどのよ…

では、今回の講義では、日本金融政策の両輪の、もう片方を担う日本政府の考え方と立ち位置、その方向性について学んでいこうと思います。

現在の日銀の利上げ・正常化に対して、日本政府の考え方は一言で言えば、こうです。

日銀の利上げは独立判断として尊重する。
ただし政府としては、景気を冷やし過ぎず、賃上げを伴う2%物価目標に着地させたい。
そのため財政・賃上げ支援・物価高対策・為替対応で“横から支える”。

かなり綱渡りです。
片手に「物価高対策」、もう片手に「財政規律」、背中に「円安」、足元に「国債金利」。
サーカスなら拍手ですが、国家運営だと胃薬が要ります。


『サーカス国家運営』

1. 日銀の現在の動き

日銀は2026年6月16日の金融政策決定会合で、無担保コール翌日物金利を1.0%程度に誘導する方針を決めました。
補完当座預金制度の適用金利も1.0%、基準貸付利率は1.25%とされ、政策金利は明確に正常化方向へ進んでいます。

つまり、日銀はもう「デフレ脱却のための超低金利継続」から、インフレの持続性と上振れリスクを見ながら、緩和度合いを段階的に下げる局面に入っています。


2. 政府の基本姿勢:日銀の独立性は尊重、ただし密接連携

政府は表向き、日銀の金融政策について「政府と密接に連携しながら、2%の物価安定目標の持続的・安定的実現に向けて適切な運営を期待する」という立場です。

日銀の会合に出席した政府側も、政府・日銀共同声明の趣旨に沿って連携し、2%目標の実現を期待すると述べています。

また、2025年11月21日に一部変更された政府・日銀共同声明でも、日銀は2%の物価安定目標を掲げ、政府は機動的なマクロ経済政策、成長戦略、財政への信認確保に取り組むという役割分担が示されています。

ここで大事なのは、政府は日銀に「利上げするな」とは正面から言えないことです。
日銀法上、金融政策は日銀の独立判断です。

ただし、政府は「期待する」「連携する」「経済・物価動向を丁寧に点検してほしい」という言い方で、かなり強く空気を送ります。
霞が関語の扇風機です。


3. 高市政権の本音:利上げには慎重だが、円安も放置できない

高市政権は、思想的には「責任ある積極財政」を掲げています。
つまり、危機管理投資や成長投資には大胆に支出するが、市場の信認を失わないよう財政規律にも配慮する、という立場です。

首相は2026年2月の会見で、投資すべき分野には大胆に投資しつつ、2026年度予算では新規国債発行を2年連続で30兆円未満に抑え、公債依存度も金融危機収束以降で最も低い水準にしたと説明しています。

一方で、高市首相は日銀の金融政策について、為替誘導を目的とするものではないとしつつ、コストプッシュではなく、賃金上昇を伴った2%物価目標の実現に向けた政策運営を期待すると述べています。

この姿勢を平たく言うと、こうです。

利上げで円安や輸入インフレを抑える必要は分かる。
でも、景気と賃上げの芽を折るような急激な利上げは困る。

つまり政府は、日銀の正常化を完全には止めない。
しかし「ゆっくり、慎重に、景気を殺さずにやってくれ」という立場です。


4. 政府の具体的な金融政策:厳密には「金融政策」は日銀、政府は為替・信用・財政で補完する

ここは言葉を正確に分けた方がいいです。

狭い意味の金融政策、つまり政策金利や国債買入れ方針は日銀の仕事です。
政府が直接行うのは、主に次のような周辺政策です。

政策領域主体内容
政策金利日銀利上げ・利下げ
国債買入れ日銀長期金利・市場機能への影響
為替介入財務省、実務は日銀円買い・ドル売りなど
財政政策政府・国会補正予算、減税、補助金
信用政策政府系金融機関・信用保証中小企業資金繰り支援
成長政策政府投資促進、規制改革、産業政策

政府側の「金融的な手段」として最も目立つのは、為替介入です。

財務省は2026年4月28日から5月27日までの外国為替平衡操作額を11兆7,349億円と公表しています。これは円安抑制のための円買い・ドル売り介入とみられます。

財務省自身も、為替相場は基本的には市場で決まるものだが、投機などでファンダメンタルズから乖離したり短期に大きく変動したりする場合には、相場安定のために通貨当局が介入することがあると説明しています。

つまり政府は、日銀の利上げだけに頼らず、為替介入で円安の速度を抑えようとしているわけです。

ただし、為替介入は万能ではありません。
日米金利差が大きいままなら、介入は「時間稼ぎ」にはなっても、円安トレンドそのものを反転させる力は限られます。

これは水漏れする屋根にバケツを置くようなもので、バケツは大事ですが、雲を消す魔法ではありません。


5. 経済政策その1:物価高対策で家計を支える

政府の第一の経済政策は、物価高対策です。

2025年11月に閣議決定された総合経済対策では、「物価高から暮らしと職場を守る」ことが第一の柱とされ、重点支援地方交付金の拡充、電気・ガス代支援、ガソリン補助、子育て世帯への物価高対応手当、官公需における価格転嫁の徹底、給付付き税額控除の制度設計などが盛り込まれています。

これは、日銀の利上げとは逆方向に見えます。
日銀は物価上昇を抑えるために金融を引き締める。
政府は物価高で苦しむ家計・企業を支えるために補助金や給付を出す。

しかし政府から見れば、これは矛盾ではなく「ショック吸収」です。

日銀:インフレ期待の暴走を抑える
政府:家計と中小企業の即死を防ぐ

という役割分担です。

ただし、補助金が長引くと財政負担が増え、エネルギー価格の本当の痛みを見えにくくします。
ここは明確に副作用があります。


6. 経済政策その2:中東情勢・ホルムズ危機への緊急対応

現在の政府政策で非常に重要なのが、中東情勢に伴うエネルギー価格高騰への対応です。

高市首相は2026年5月25日の会見で、中東情勢を踏まえて3兆円強の補正予算を編成する方針を示しました。
内容は、重点支援地方交付金の追加、電気・ガス料金支援、LPガスや特別高圧電力利用者への支援、中東情勢等対応予備費の創設などです。

同じ会見では、ガソリン、軽油、重油、灯油などの補助継続により、ガソリン価格を全国平均170円に抑え、4月の消費者物価を1.1ポイント程度押し下げ、1世帯当たり2,600円程度の負担軽減効果があったとも説明しています。

これは非常に分かりやすい政府の狙いです。

原油高・円安
→ 電気代・ガソリン代・物流費上昇
→ 食料品・日用品価格上昇
→ 家計消費悪化
→ 景気悪化

この連鎖を政府補助で途中遮断しようとしている。

ただし、ここにも苦い問題があります。
エネルギー補助は短期的には家計を助けますが、長期化すると財政負担が膨らみ、日銀から見ると「需要を支えすぎてインフレを残す政策」にも見えます。


7. 経済政策その3:賃上げ支援と価格転嫁

高市政権の大きな柱は、賃上げを企業任せにしないという点です。

政府は政労使の意見交換で、賃上げを事業者に丸投げせず、継続的に賃上げできる環境を整備すると述べています。
具体的には、官公需を含む価格転嫁・取引適正化の徹底、中小企業・小規模事業者への政府全体で1兆円規模の支援、賃上げに取り組む中小企業の成長投資支援、地方版政労使意見交換の実施などを掲げています。

これは日銀の考え方とも接続します。

日銀が望む2%インフレは、単なる輸入物価高ではありません。
望ましいのは、

企業収益が増える
賃金が上がる
消費が増える
企業が価格転嫁できる
生産性投資が進む
また賃金が上がる

という循環です。

政府の賃上げ支援は、この循環を財政・行政面から後押しするものです。

ただし、ここで大切なのは、単なる「お願い賃上げ」では限界があることです。
中小企業が価格転嫁できないまま賃上げだけ求められると、利益が削られます。

だから政府は価格転嫁、取引適正化、設備投資支援をセットにしているわけです。


8. 経済政策その4:危機管理投資・成長投資

政府は、物価高への防御だけでなく、供給力を高める投資も重視しています。

総合経済対策では、AI・半導体、造船、量子、フュージョン、創薬、バイオ、航空、宇宙などの戦略分野、重要物資のサプライチェーン強化、サイバーセキュリティ、食料安全保障、エネルギー・資源安全保障、GX投資などが掲げられています。

これは、日銀の利上げと衝突しないように見える成長戦略です。

なぜなら、供給力が増えれば、同じ需要でも物価上昇圧力は下がるからです。

つまり政府は、

短期:補助金・給付で物価高を和らげる
中期:賃上げと価格転嫁で所得を上げる
長期:成長投資で供給力と生産性を上げる

という三段構えを取っています。

ただし、問題は実行力です。
「AI、半導体、GX、宇宙、バイオ」と並べるだけなら、政策資料界の全部乗せラーメンです。

大事なのは、どこに集中し、どこを捨てるかです。


9. 財政政策:積極財政だが、市場の信認をかなり意識している

高市政権は「積極財政」色が強い政権と見られますが、2026年時点ではかなり市場を意識しています。

財務省の2026年度予算資料では、新規国債発行額は29.6兆円、公債依存度は24.2%、一般会計当初予算のプライマリーバランスは1.3兆円の黒字とされています。

高市首相も、中東情勢対応の補正予算について、特例公債は追加するが、市中への国債発行総額は増やさずに対応できると説明し、政府債務残高対GDP比を安定的に引き下げて市場の信認を確保すると述べています。

ここに政府の神経質さが出ています。

日銀が利上げすると、国債金利も上がりやすくなります。
国債金利が上がれば、政府の利払い費が増えます。
だから政府は、積極財政を掲げながらも、マーケットに「財政は暴走していない」と見せる必要があります。

これはかなり重要です。

日銀が金融正常化する時代の積極財政は、以前よりずっと難しい。

ゼロ金利時代の財政出動と、政策金利1%時代の財政出動は、同じ顔をしていても別の生き物です。


10. 政府と日銀の関係は「アクセルとブレーキ」ではなく「左右の足」

よく、政府はアクセル、日銀はブレーキと言われます。
しかし現在の日本では、それだけでは不正確です。

政府も、ただアクセルを踏んでいるわけではありません。
日銀も、ただブレーキを踏んでいるわけではありません。

より正確には、

役割政府日銀
物価高対策補助金・給付・価格転嫁支援インフレ期待の抑制
円安対応為替介入、口先介入利上げによる金利差縮小
賃上げ価格転嫁、税制、補助金、政労使協議賃金・物価循環を確認
成長産業政策、投資支援、規制改革金融環境を過度に壊さない
財政信認国債発行抑制、PB黒字化説明国債市場の機能回復

つまり、政府と日銀は同じ方向を見ているようで、時間軸が違います。

政府は「今月の家計」「今年の景気」「次の選挙」を見ます。
日銀は「2年後の物価」「期待インフレ」「金融システム」を見ます。

この時間軸の違いが、今後の摩擦になります。


11. 今後の政策運営で起きる対立点

今後、政府と日銀の間で問題になりやすいのは、次の4点です。

1つ目:追加利上げのペース

日銀は、円安・輸入インフレ・賃金上昇を見れば追加利上げを考えます。
政府は、住宅ローン、中小企業の借入、国債利払い、景気減速を気にします。

ここは必ず緊張します。

2つ目:エネルギー補助の長期化

政府は家計支援のために補助を続けたい。
しかし補助が長引くと、財政負担が増え、価格シグナルも歪みます。

日銀から見ると、補助終了後に物価が跳ねるリスクもあります。

3つ目:為替介入の限界

政府は円安を抑えたい。
しかし為替介入だけでは、日米金利差が残る限り限界があります。

結局、円安を本格的に止めるには、日銀利上げ、米国利下げ、日本経済の成長力改善のどれかが必要になります。

4つ目:積極財政と国債市場

政府が補正予算を重ねれば、長期金利は上がりやすくなります。
日銀が国債買入れを減らす局面では、なおさらです。

政府は「責任ある積極財政」と言いますが、市場が「責任」の部分を疑い始めると、国債金利にすぐ出ます。

そこは容赦ないです。
市場は優しくありません。

国債市場は、たまに鬼軍曹です。


12. 結論:政府は「利上げ容認・財政支援・円安防衛・成長投資」の混合路線

現在の日本政府の考え方は、次のように整理できます。

日銀の金融正常化は止めない。
ただし急激な利上げで景気や賃上げを壊してほしくない。
政府は物価高対策、賃上げ支援、為替介入、成長投資で経済を支える。
ただし国債市場の信認を失わないよう、財政規律も演出しなければならない。

具体策としては、

分野政府の具体策
物価高対策電気・ガス・燃料補助、重点支援地方交付金、子育て世帯支援
為替対応円買い・ドル売り介入、過度な円安へのけん制
賃上げ価格転嫁、取引適正化、中小企業支援、政労使協議
財政2026年度予算で新規国債30兆円未満、PB黒字化を強調
成長投資AI、半導体、GX、食料・エネルギー安全保障、防災、宇宙、バイオ
中東対応3兆円強の補正予算、中東情勢等対応予備費、供給網対策
信用政策日本政策金融公庫、信用保証、相談窓口、雇用調整助成金支援

私の見立てでは、現在の政府政策は「高圧経済を維持したいが、インフレと円安が怖い」政策です。

日銀は物価の火を見ています。
政府は家計の痛みと支持率を見ています。
市場は国債と円を見ています。

この三者の視線が同じ一点にそろえば、日本は「賃上げを伴う正常化」に進めます。
しかしズレれば、円安、物価高、金利上昇、財政不安が絡み合う。
まさに、細い橋の上で重い荷物を持って歩く局面です。

ここで必要なのは、勢いではなく、足裏の感覚です。


――足裏の感覚、いい例えだと思います。
では、その両足の順番、右足が左足を踏みつけ、そのまま転倒するような危うさはありませんか。


はい。あります。
しかも、その危うさはかなり現実的です。

ただし、今すぐ「転倒確定」ではありません。
正確には、今の日本は、

政府の右足は、家計と企業を支えるために前へ出ている。
日銀の左足は、インフレを抑えるために慎重にブレーキをかけている。
問題は、その二本の足が同じ方向へ進んでいるようで、力の向きが少しズレていることです。

ズレが小さいうちは歩けます。
ズレが大きくなると、右足が左足を踏み、体が前のめりに倒れる。
この比喩、かなり当たっています。

では、次回の講義で、あなたの疑問を少しずつ解きほどいていきましょう。


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